「意味、意義」未詳の漢字が多い・・・

 3173日目・文字霊日記
 混乱の文字・・・昆虫が「兄のムシ」って?
 ナンでも「鵜呑み」にしちゃァ~ダメです・・・
 痛さは自分で抓って経験しなくちゃぁ~

 ↓↑
 間違っているコトを「自覚(ジカク)」して
 それを「前提」で
 「文字でアソンでいる」のとはチガウ・・・
 「文章」は命令形ではない・・・
 「問題提起の疑問文」・・・カモかなぁ~であるけれど・・・
 でも
 「鵜呑み」にされた
 「文字」でタニンを
 「サッショウ」・・・するコトが・・・アルカモ・・・
 「ウのみにされた鮎(あゆ)」を吐き出して
 「信じるか、信じないかは、アナタ次第」って・・・
 「シンジロ」って、暗に「キョウヨウ」している・・・
 コトバになっている・・・カモ・・・
 なんせ、「前提」をシラナイから・・・
 「信じるも、信じないも」・・・ナイ・・・
 で、ホントウなの・・・その「ゴカン」・・・?

 ↓↑
 昆=日+比・・・日を比較・・・日数の長短、早遅
   日+上+匕(七・𠤎・ヒ・匕)
   コン
   あに=兄=口(くち・唇)+儿(丿+乚)・・・
        口⇔品(ヒン・ほん・しな)
       =囗(くに・國・圀・𡈁・国・六合)+儿(丿+乚)
      昆=兄・・・???
   なかま・たぐい
   群れ
   群がる虫
   「ヒン」は「兄(ケイ・キョウ・あに・え)」の「唐宋音」・・・
    貧=分+貝・・・財産を分ける・・・貧乏?
   兄=祝祷を司る人
     口=祝呪の品を収める器
   兄=祝祷・祝福・祝言の儀式を掌る人
   兄⇔兌=八+兄=喜悦の徳・・・兌換
       かえる・とりかえる
       沢・少女・秋
       西の方位
       八=開く・抜ける
       兄=人
      「悦・脱・蛻・税」の原字
       兌=兄が両手を捧げている形象?
   兄=異体字「允・只・況」・・・?
   兄=跪(ひざまづ)き、神事に従うものの象形
  「児」=「兒(旧字=𦥑+儿)」・・・
      「𦥑=キュウ=旧の同音の借字」+儿
      臼=赤子・嬰児、赤ちゃんの
        頭の頭蓋骨の未縫合の部分・割れ目の部分
       「泉門(センモン・ひよめき)」の未結合部分
      臼=うす=舂)=製粉や脱稃に用いる道具
        「木臼・石臼」の中のモノを杵で搗き崩す
        「碾き臼」=碾臼・挽き臼
              円形の二つの上下に重ねた石の間に
              穀物を入れて上の石を挽き回し砕く
      𦥑=キョク・両手のこまねき・両手でモノをささげる
     「𦥑=Eヨ」⇔「囟=ノ+囗+乂」
      囟=ひよめき・シン
        小児の頭の真ん中を象(かたど)った象形文字
        脳の容器、頭蓋骨の形
        淄(シ・くろむ)
        脳=腦=月(肉)+𡿺(ノウ)の原字
        省略形
       「田(シン・サイ・シ)」は
        細、思、鰓の部分として使用
      甶=フツ・フチ=鬼や亡霊の頭
        畏・禺
        𢍉・畢・畀
      由=物事が起こった理由・わけ・いわれ・来歴
        由緒・由来・自由・由縁・理由
  ナンで「油=氵+由」なのか・・・
  瀝青=天然、人造の炭化水素からなる化合物
     然アスファルト・コールタール
     石油アスファルト・ピッチ
     黒色の粘着性のある物質の総称
     石炭を加圧下で
     ベンゼンを用いて抽出した抽出物
    「黒炭(コクタン)」の別称
    「土瀝青(ドレキセイ)・地瀝青(ジレキセイ)」
    「アスファルト(asphalt)」の別称
     瀝=氵+歴
       レキ・そそぐ・したたる・しずく

 ↓↑
 字典で調べても
 「意味、意義」未詳の漢字が多い・・・
 自分で考えるより他は無いが
 材料は揃っている
 「漢字自体」の「構成の部品」の分解と再構成である
 で、勿論、限界がアル・・・
 分解できる漢字は
 「楷書体」
 「一字漢字」の構成部分で
 「熟語漢字」の
 「二文字・三文字・四文字」の合体漢字ではない
 それに現在的な日本語の「発音」からは
 あまりにも
 「同音異字漢字」がワンサカである・・・
 「外来語の片仮名のコトバ」もワンサカ・・・
 「新語」も同音の「カタカナ文字」での発音・・・
 マスマス、ボクの脳ミソは「コンフューズ(confuse )」・・・
 「昆附由得事」・・・?
 ↓↑
 α+昆+β
 倱=イ+昆=倱伅(コントン)・混沌・渾沌
      はっきりしないさま
 混=氵+昆=混入・混雑・混乱
 崐=山+昆=
 堒=土+昆=
 惃=忄+昆=
 猑=犭+昆=
 崑=山+昆=崑崙山
 婫=女+昆=コン・ゴン
      女性の字(あざな)
      おおう・おおいかぶせる
 掍=扌+昆=
 菎=艹+昆=菎蒻(こんにゃく)
       蒟蒻(こんにゃく)の誤用
 焜=火+昆=かがやく
      あきらか
      光る・光り輝く
      焜黄(コンコウ)
      草木の葉などが黄ばんで衰えるさま
 辊=车+昆=輥・车=車
      コン
      車のこしきが丸く整っているさま
      車輪がなめらかに回転するさま
      車輪の回転がはやいさま 
 琨=王+昆=玉+昆
 䐊=月+昆=肉+昆
 棍=木+昆=棍棒
 䅙=禾+昆=
 窤=穴+昆=
 裩=衤+昆=コン・したばかま・ふんどし
      みつ・ももひき
      まわし・下帯
 䃂=石+昆=コン
      音がこもるさま・響かないさま
 緄=糸+昆=コン
      織った帯・模様を縫った帯
      縄・縄でしばる
      緄夷(コンイ)・緄戎(コンジュウ)
      古代中国、西方の異民族
 䊐=米+昆=
 箟=竹+昆=キン・しのだけ・やだけ
 蜫=虫+昆=
 尡=光+昆=
 潉=氵+崑=
 熴=火+崑=かがやく
      あきらか
      光る・光り輝く
      焜黄(コンコウ)
      草木の葉などが黄ばんで衰えるさま
 輥=車+昆=辊・コン
      車のこしきが丸く整っているさま
      車輪がなめらかに回転するさま
      車輪の回転がはやいさま
 䛰=言+昆=
 醌=酉+昆=
 䚠=角+昆=
 錕=金+昆=コン・あかがね・赤鉄鉱の塊
      錕鋙(コンゴ)=架空の山
      そこで採れる良質な鉄を用いて作った刀
      かりも・かも
      車のこしきの内にはめて
      車軸の摩滅を防ぐ鉄製の管
 餛=食+昆=餛飩(コントン)
      肉や野菜などの餡(あん)を
      こねた小麦粉の生地で
      包んで茹(ゆで)たもの
 騉=馬+昆=
 鯤=魚+昆=はららご・はらご・魚の卵
       北の海に住む想像上の大魚
 鵾=昆+鳥=鵾鶏(コンケイ)=大型の鷄・鶏・鶏
 䵪=黑+昆=
 ↓↑
 地名
 昆布盛(こんぶもり)
 昆布温泉(こんぶおんせん)
 昆布町(こんぶまち)
 昆布刈石(こぶかりいし)
 昆布森(こんぶもり)

 重昆(かさひ)
 昆布谷(こぶたに・こぶや・こんぶや)
 昆布屋(こぶや・こんぶや)
 昆布山(こぶやま・こんぶやま)
 昆埜(こや・こんの)
 ↓↑
 昆(あに)=日+比=兄・・・?
 ↓↑
 朧昆布(おぼろこんぶ・おぼろこぶ)
  酢で湿らせた昆布の表面を
  薄く削って帯状にしたもの
 出し昆布(だしこんぶ)
  出し汁をとるための昆布
 とろろ昆布=褐藻類コンブ科の海藻
       柔らかな帯状でぬめりがある
 昆布(こぶ・こんぶ)
 昆虫(コンチュウ)
 熨斗昆布(のしこんぶ)
 ↓↑
 金友玉昆=玉友金昆=玉昆金友
  才能や学識のある兄弟
  他人の兄弟をほめる言葉
  友=弟
  昆=兄
 ↓↑
 堅昆(ケンコン)
 契骨(キルギズ)
 中央ユーラシア北部に分布した
 テュルク系遊牧民族
 キルギズ(Qirqiz)の転写
 鬲昆(へきこん)
 契骨(けいこつ)
 居勿(きょぶつ)
 結骨(けつこつ)
 紇骨(こつこつ)
 紇扢斯(こつこつし)
 黠戛斯(かつかつし)
 戛戛斯(かつかつし)
 吉利吉思
 乞力吉思
 乞児吉思
 乞里吉思
 などと記録
 キルギス人(天山キルギズ)
 と区別するため
 イェニセイ・キルギズ
 とも呼ばれる
 現在の
 「ハカス」人の祖先
 ↓↑
 匈奴の北に
 「阿謗歩」を大人(たいじん・部族長)
 とする部落があった
 兄弟は17人
 その1人に
 「伊質泥師都」
 がいたて特別な力を持って
 天候を操ることができ
 夏神の娘と
 冬神の娘の2人を娶り
 4つ子を授かった
 4つ子のうち2人から
 契骨
 突厥
 が生まれた
 『周書』列伝第四十二 異域下
 ↓↑
 匈奴モンゴル高原を統一
 北(バイカル湖周辺)の
 渾庾・屈射・丁零・鬲昆・薪犁
 といった諸族が
 匈奴に服属
 ↓↑
 黄龍元年(前49年)頃
 匈奴
 「郅支単于
 在位 紀元前56年~紀元前36年
 弟の
 「呼韓邪単于
 在位 紀元前58年~紀元前31年
 と対立
 漢と組んでいた
 「呼韓邪単于
 が優勢だったので
 西の
 「烏孫」に協力を求めたが
 烏孫
 「小昆弥(烏孫の君主号)」
 である
 「烏就屠(うしゅうと)」
 も漢側についたので
 「郅支単于
 は烏孫を撃破
 乗じて北の
 「烏掲」
 を撃ち
 その兵を使ってさらに西の
 「堅昆」
 を破り
 北の
 「丁令」
 をも降して
 烏掲・堅昆・丁令
 の三国を併合
 後も何度か
 烏孫
 に兵を派遣して勝利
 「郅支単于
 は
 「堅昆」の地に遷都

 三国時代
 『魏略』西戎
 ↓↑
 呼得国は
 葱嶺の北
 烏孫の西北
 康居の東北に在り
 勝兵は1万人余り
 畜牧に随い
 良馬と貂を産出
 ↓↑
 堅昆国は
 康居の西北に在り
 勝兵は3万人
 畜牧に随い
 多くの貂と良馬を産出
 ↓↑
 丁令国は
 康居の北に在り
 勝兵は6万人
 畜牧に随い
 鼠皮・白昆子の皮・青昆子の皮を産出
 三国は堅昆が中央で
 匈奴
 単于庭である
 安習水を去ること7千里
 南の車師六国を去ること5千里
 西南の康居界を去ること3千里
 西の康居王治を去ること8千里
 の距離にある
 一方
 北海(バイカル湖)の南の地域
 匈奴の北に
 渾庾国・屈射国・丁令国・鬲昆国・薪犁国
 がある
 ↓↑
 突厥時代
 突厥
 柔然可汗国を滅ぼし
 可汗国となると
 第3代の
 「木汗可汗」
 在位 553年~572年
 西の「嚈噠(エフタル)」を破り
 東の「契丹(キタイ)」を敗走させ
 北の「契骨」を併合し
 中央ユーラシアを支配
 ↓↑
 「車鼻可汗」
  ?~650年
 が現れ
 結骨は
 「葛邏禄(カルルク)」
 とともにふたたび突厥に属した
 ↓↑
 唐代
 貞観22年(648年)
 「鉄勒諸部」
 が唐に入臣したと聞いた
 「堅昆」
 は遣使者を送って方物を献じ
 酋長である
 「俟利発(イルテベル)」
 の
 「失鉢屈阿棧」
 も自ら入朝
 「太宗」
  在位 626年~649年
 は喜んで酒宴を開き
 「堅昆」の地をもって
 「堅昆府」とし
 「失鉢屈阿棧」
 を拝して左屯衛大将軍とし
 「堅昆府都督」として
 「燕然都護」・・・燕の然(しかり)都護?
 に隷属させた
 ↓↑
 高宗
 (在位 649年~683年)
 「堅昆」
 は再び入朝
 ↓↑
 景龍年間(707年~710年)
 「堅昆」は唐に方物献上し
 中宗は
 「(堅昆が李陵の末裔であるため)
  我と同宗(同じ李姓)である」
 といい、酒宴を開いた
 ↓↑
 玄宗(在位 712年~756年)
 「堅昆」
 は4回朝献
 ↓↑
 乾元年間(758年~760年)
 「堅昆」は
 「回紇(ウイグル)」部に破られ
 中国と交通できなく
 後に
 「狄語(テュルク語)」
 が訛って
 「黠戛斯(かつかつし)」
 となる
 「回鶻(ウイグル可汗国)」
 によるものだ・・・
 若くは「黄赤面」
 訛って「戛戛斯」
 となる
 「黠戛斯」
 は常に
 大食(タージ:イスラーム帝国)
 吐蕃
 葛邏禄(カルルク)
 と頼り合い
 吐蕃の往来者にいたっては
 回鶻の略奪を畏れ
 必ず
 「葛邏禄」に住み
 「黠戛斯」の護送を待っていた
 一方
 「回鶻」は
 「黠戛斯」の君長である
 「阿熱(あぜつ・黠戛斯の君主号)」
  に官を授けて
 「毘伽頓頡斤(ビルゲ・トン・イルキン)」
 とした
 ↓↑
 回鶻可汗国が衰え
 「阿熱」は
 「可汗(カガン)」を称し
 母は
 「突騎施(テュルギシュ)」
 の娘で
 「母可敦(皇太后)」
 となる
 妻は
 「葛邏禄葉護
 (カルルク・ヤブグ:カルルクの君主)」
 の娘で
 「可敦(カトゥン:皇后)」
 となる
 ↓↑
 開成5年(840年)頃
 渠長(キョチョウ=将軍)の
 「句録莫賀(句録末賀、キュリュグ・バガ)」
 は、北の
 「黠戛斯(キルギス)」
 軍10万騎を招き寄せて
 「回鶻城(オルド・バリク?)」
 を破り
 「㕎馺可汗」
 と
 「掘羅勿(キュレビル)」
 を殺して
 「牙帳」
  を焼き払い
 「回鶻可汗国」崩壊
 各 「特勤(テギン=皇子)」
 を奉じて各地に散らばった
 「可汗庭(かがんてい=可汗の牙帳)」
 近くの13部は
 「烏介特勤(ウゲ・テギン)」
 を可汗に推戴し、南の
 「錯子山」に割拠
 「烏介可汗」
 らは
 「太和公主」
 を唐まで護送する
 「黠戛斯」の
 「達干(タルカン)」
 らと遭遇し
 「烏介可汗」
 「達干」らを殺し
 「太和公主」
 を奉じて
 唐の天徳界まで護送
 ↓↑
 会昌年間(841年~846年)
 「阿熱」
 は使者を見殺し入朝せずにいたが
 「注吾合素」
 を遣わして上書言状した
 武宗(在位840年~846年)
 「注吾合素」
 らが3年かけて
 京師にたどりき大いに悦んだ
 「烏介可汗」
 の余衆が
 「室韋(黒車子)」
 に亡命していたので
 「阿熱」
 は回鶻の残党討伐を願い出た
 武宗は右散騎常侍の
 「李拭」を
 「黠戛斯」に遣わし
 「君長」を冊立して
 「宗英雄武誠明可汗」
 としたが使者が到着しないうちに
 武宗が崩御
 宣宗(在位846年~859年)が即位
 大中元年(847年)
 武宗の卒詔で鴻臚卿の
 「李業」
 に節を持たせて
 「黠戛斯阿熱」
 を冊立して
 「英武誠明可汗」
 とした
 ↓↑
 大中2年(848年)春
 回鶻の
 「遏捻可汗」
 のもとには名王貴臣の500人しかいなく
 彼らは
 「室韋」
 に依ることにしたが
 「張仲武」
 が
 「遏捻可汗」
 らを捕えるべく
 「黠戛斯」などを
 「室韋」に向かわせ
 「遏捻可汗」
 は懼れて妻の
 「葛邏禄(カルルク)」
 と子の
 「特勤毒斯」
 ら9騎だけを連れて夜に西へ逃亡
 「室韋」
 は
 「回鶻」の余衆を分けて七分とし
 七姓室韋は各一分を占領
 「黠戛斯宰相」
 の
 「阿播」が領する諸蕃兵7万が
 「遏捻可汗」
 と諸回鶻人を捕えるべく
 「室韋」に乗り込み
 「阿播」の軍に大敗し
 回鶻人ともども
 黠戛斯の略奪を受けた
 ↓↑
 習俗
 服装
 君主である阿熱は
 冬に貂の帽子をかぶり
 夏に金扣の帽子をかぶる
 貴人は
 貂か豽(ナ・豹に似ている獣)の服をまとい
 諸下はみな白氈(フェルト)の帽子をかぶる
 身分賤しき者は
 皮の衣をまとい
 帽子はかぶらない
 女性の衣は
 毳毼・錦・罽・綾製のもの
 ↓↑
 食物
 諸部の人は肉および馬酪を食す
 君主の阿熱のみは
 餅餌(小麦粉で作っもの)を食べる
 ↓↑
 結婚
 結婚は
 新郎側が羊と馬を
 新婦側に収めて嫁を招く
 富裕者ではその数が100~1,000
 ↓↑
 葬式
 歴代遊牧国家のように
 剺面(顔にナイフを入れること)をせず
 三回死体を囲んで泣く
 火葬され骨を収めて墓に入れる
 冬は室内に納め
 木の皮を覆いとした
 ↓↑
 文化
 笛・鼓・笙・觱篥・盤鈴
 芸には
 弄駝・師子・馬伎・縄伎
 ↓↑
 暦
 『新唐書』回鶻伝下
 「年の始めを
  茂師哀(モス・アイ=氷月)
  三哀(3カ月)をもって一季節となし
  十二の動物をもって紀年とする
  ある年が寅歳であれば
   これを虎年と称する」
 黠戛斯は
 「十二物紀年」
 十二支を用いた暦を使用
 ↓↑
 政治体制
 堅昆時代
 鉄勒の薛延陀部に隷属し
 延陀が
 「頡利発(イルテベル)」1人をもって監国
 堅昆の酋長は3人
 訖悉輩・居沙波輩・阿米輩
 3酋長で国を共治
 酋長は
 「俟利発(イルテベル)」の称号を帯び
 唐によって
 「堅昆都督府」
 が置かれると
 「堅昆都督の職」も担当した
 ↓↑
 黠戛斯の
 君主は
 「阿熱(あぜつ)」といい
 その氏族名も
 「阿熱(あぜつ)」
 阿熱は
 青山に牙(本営)を置き
 周りには垣をし
 「密的支」と呼ばれる
 毛氈を延べ連ねたものを帳幕とし
 他の首領は小さい帳幕に住んだ
 「阿熱」
 はおよそ諸部より兵を徴発
 諸部の役属者は悉く行って
 貂鼠・青鼠を賦とした
 官職は
 宰相(7人)
 都督(3人)
 職使(10人)
 長史(15人)
 将軍(定員なし)
 達干(定員なし)
 の六等
 ↓↑
 回鶻可汗国が衰退すると
 黠戛斯の阿熱は
 可汗(カガン)号を採用
 妻の称号も
 可敦(カトゥン)とした
 ↓↑
 モンゴル帝国時代
 キルギズの君主は
 「イナール」という称号
 イナール号は
 コリ、バルグ、トゥマト、バイルク(バイアウト)
 の諸族でも使用
 ジェニン・アン・ビディ
 ビディ・ウラン
(ビディ・アフルン、エディ・オルン)
 では
 ウルース・イナール
 などの君主号を使用
 ↓↑
 文字・言語
 古代には
 「丁零の雑種」
 とされ、イェニセイ川流域に
 『イェニセイ碑文』を残し
 『新唐書』回鶻伝下に
 「その文字言語は
 回鶻(ウイグル)と正に同じ」
 と記録
 文字は「突厥文字」を使用し
 言語は「テュルク」系の言語を使用
 『元史』地理六で
 「その言語は
  畏吾児(ウイグル)と同じ」
 とある
 ↓↑
 宗教
 アニミズム的宗教
 水草を主神として祀り祭はない
 「甘(カム)」と呼ばれる巫がいる
 ↓↑
 人種
 『新唐書』回鶻伝下
 「人は皆背が高く
  赤い髪、析面、緑の瞳
  黒髪は不祥
  黒瞳の者は
  必ず李陵の苗裔であるという」
 「黠戛斯人」
 は西方系の人種(コーカソイド)で
  東方系(モンゴロイド)ではなかった
 中には
 黒髪・黒瞳の人種(モンゴロイド)もいたが
 匈奴によって
 「右賢王」に封じられた漢の降将の
 「李陵」の末裔だとされた
 敦煌出土の
 『ペリオ・チベット語文書1283番』
 キルギス族は
 「目は水晶の瞳、赤い髪」
 と記されている
ーーーーー
 ・・・???・・・
   ↓↑   ↓↑
 「プラトン古事記をカタル(古事記字源)
  +
 (表紙・画像・音楽)」の
  移転先・・・
https://haa98940.wixsite.com/mysite/blog/archive/2016/12
 ↓↑
 ボクの「古事記字源」の発端・・・
https://haa98940.wixsite.com/mysite/blog/archive/2022/5
 ↓↑
 干支歴
http://meisiki.bake-neko.net/keisanBXG4.html
 ↓↑
 追加添文
 「戦争と平和」・・・「モウケの生き方」
https://haa98940.wixsite.com/mysite/single-post/2006%E5%B9%B4%EF%BC%91%EF%BC%91%E6%9C%88%E3%83%BB%E3%83%BB%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%8E%E9%A0%83%E3%83%BB%E3%83%BB%E3%83%BB