日本国だけの「ソウザイ」・外国には、そんな調理法が抑々(そもそも)ないらしい

 3020日・文字霊日記
 東京裁判官の人類に対する「ゴボウ罪判決」は「有罪」
 「造反有理」に対する「造反無理」・・・造反武利・・・
 ・・・五感で感知出来ないと謂うコトは
 「有理」も「屁理屈」も、その前提になるモノが無い・・・
 最高級の「惣菜」を好意で食わされて命を繋いだ収監捕虜・・・
 戦後の「東京国際裁判」で・・・
 アメリカ合衆国、連合諸国は裁判で
 「無罪の日本人」に死刑宣告・・・執行・・・
 罪状は「ゴボウを食わせた罪」・・・
 「人道」に反する罪を犯した「裁判官」を
 「日本人」は、「人類」は、「宇宙人」は・・・
 許さない・・・?
 今回の
 米国大統領選挙の
 「不正投票」に対する「司法判事の執った立場」・・・
  何が「民主党」なんだか・・・
 日本議会政治の「内閣首班(腫犯?)選挙」のカン・・・
  何が「自由民主党」なんだか・・・
 中華人民共和国の人民議会
  何が「キョウサントウ」なんだか・・・
 DKM国の三権分立
  何が「トモに民主党」なんだか・・・  
 プチブル人間、プチブル人種はユルシちゃったぁ~
 ↓↑
 大雪とコロナで外出疎遠になっていた
 三笠の従姉と息子が久しぶりに来てくれた
 ボクの「便秘」を気遣って
 「キンピラごぼう(牛蒡)」を作って差し入れも・・・
 「金平ごぼう」・・・?
 「金平(きんぴら)」は、日本食の惣菜の一つ・・・
  ↓↑
  日本国だけの「ソウザイ」・・・「ソウサイ」ですか?
  ガイジンは食べないらしい・・・
  外国には、そんな調理法が抑々(そもそも)ないらしい
  ↓↑
 「繊切りにした野菜を砂糖・醤油を用い甘辛く炒めたもの
  特に繊切りまたは笹がきにしたゴボウを主に調理したものは
  金平ゴボウ(きんぴらごぼう)と呼ばれる」・・・
  カネをタイラにするって、金箔職人・・・「金の公平分配」・・・?
 「金(金・コン・ゴン・gold・羅: aurum)
  原子番号79の元素
  第11族元素に属する金属元素・・・
  遷移元素(transition element)
  周期表
  第3族元素~第11族元素の間に
  存在する元素の総称
  3族元祖~11支族・・・?
  ↓↑
 失われた
 10支族(Ten Lost Tribes)
 古代イスラエル12部族のうち
 ユダヤ民族の直系の祖の
 ユダ族
 ベニヤミン族
 レビ族
 を除いたもの
 南王国ユダの2支族とは
 ユダ族・ベニヤミン族
 これに
 レビ族
 を加えた3部族がユダヤ民族の直系の祖
 ↓↑
 南王国には
 2部族でなく3部族が存在したが
 レビ族は数えないのが慣例で
 「2部族」と呼ぶ
 ヤハウェに仕える祭司職であるレビ族は
 領土が無く各地に分散して暮らし
 これを数えず
 12部族とする・・・
 旧約聖書
 イスラエル
 12部族の
 行方が知られていない10部族
 ルベン族
 シメオン族
 ダン族
 ナフタリ族
 ガド族
 アシェル族
 イッサカル族
 ゼブルン族
 マナセ族
 エフライム族
 北王国
 紀元前722年
 同じ
 セム語系民族である
 アッシリア
 により滅ぼされ
 10部族のうち指導者層は
 アッシリアに連行
 (アッシリア捕囚)
 南王国の2支族によって
 「失われた10支族」と呼ばれた
 広義には捕囚とならなかった
 北王国の住民を含む時もある
 捕囚とならなかった
 旧北王国の住民は
 他の周辺諸民族の中に埋没
 10部族としての
 アイデンティティを失った・・・
 周辺の異民族や、アッシリアによって
 他地域から
 旧北王国に
 強制移住させられた異民族と
 通婚し混血・・・
 ↓↑
 南王国ユダ
 紀元前586年
 セム語系民族の
 新バビロニアに滅ぼされ
 指導者層は
 バビロンなどへ連行され虜囚
 (バビロン捕囚)
 律法を心のよりどころとし
 異民族と結婚したものを
 ユダヤ人のコミュニティから排除する
 排他的な純血至上主義が信奉
 新バビロニア
 イラン語系民族
 アケメネス朝
 ペルシア
 によって滅ぼされ
 解放され帰還した
 ユダヤ人と
 ペルシア帝国
 は良好な関係継続
 エルサレム神殿復興
 ペルシア人
 彼らの支配下にある
 すべての民族の宗教を
 平等に扱い
 恩恵は
 サマリア人・・・イスラエル
         と
         アッシリアから
         サマリアに来た移民との間に
         生まれた人々やその子孫
         サマリア教徒
 も受けていたが
 「ユダヤ人」は
 純血主義によって
 サマリヤ人を
 異民族との混血と蔑み
 北王国の末裔と認めず
 異教徒として扱い
 南北両王国時代の対立を
 民族的血統主義でヒキズッタ・・・
  ↓↑
  こがね・くがね
  光沢のあるオレンジがかった黄色、金色に輝く鉱物・・・
 「ミダース」王の願い
 「ディオニューソス」の養父
 「シーレーノス」が
 「ミダース王」のもとへ連れてこられ
 王は
 「シーレーノス」を
 10昼夜の間、歓待し
 「シーレーノス」は
 王を物語と歌で楽しませ
 「11日目」に・・・・・・・11・十一・壹壱・壹拾壱
 王は
 「シーレーノス」を
 「ディオニューソス」のもとに返した
 「ディオニューソス」は
 「ミダース」王にお礼として
 どんな望みも叶えてやると言い
 「ミダース」王は
 王が触れるもの全てが
 黄金に変わるよう頼んだ・・・

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 「きんぴらごぼう
  ささがき、せん切りにしたゴボウを
  油で炒め、砂糖・醤油で煮て
  唐辛子で辛味をきかせた料理」・・・
 「きんぴら=金平」
 「江戸初期に流行した
  人形浄瑠璃
  「金平浄瑠璃」にちなむ
  金太郎で有名な
  坂田金時の子供として設定された
  坂田金平の武勇伝
  で、そこから丈夫で強く荒々しいものを
  「きんぴら」と呼ぶようになった
  唐辛子を利かせた
  ごぼう料理は精の付く食べ物と考えられ
  固くて辛いことから
  「きんぴら牛蒡」と呼ばれた」・・・?
 ・・・「金毘羅ごぼう」じゃないんだ・・・

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 金平浄瑠璃(きんぴらじょうるり)
 ↓↑
 大江山の鬼退治
 源 頼光
 と
 頼光四天王
 坂田金時渡辺綱碓井貞光卜部季武
 の次世代の話
 頼光の三番目の弟
 源頼信の長男で嫡男の
 源 頼義
 と
 頼光四天王の息子である
 坂田金平・渡辺竹綱・碓氷定景・卜部季春
 の「子四天王」が活躍
 坂田金時の息子である
 「金平」が人気であったため
 この名が付いた・・・

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 侫人の讒言や反逆者の襲撃によって
 京を追われた
 源頼義
 子四天王の活躍によって
 侫人や反逆者を倒し
 都の平和を回復させる
 ↓↑
 明暦年間
 江戸の
 「和泉太夫
 が連作の軍記浄瑠璃を発展させ
 作家の
 「岡清兵衛」と組んで始めた
 大坂の
 「伊藤出羽掾
 「井上大和掾」
 が続いた
 正本(上演台本)の
 「金平本」も登場
 ↓↑
 「金平」の豪快で正義漢溢れる性格
 「竹綱」の智謀など
 徳川氏の祖とされた
 「河内源氏
 の皇室への
 忠誠ぶり
 天下秩序の擁護者としての位置づけが
 江戸幕府からも好意的に受け止められ
 「金平浄瑠璃」の盛行
 後の
 「浄瑠璃」の発展や
 「歌舞伎の荒事」などに影響を与えた
 ↓↑
 河竹黙阿弥
 弟子の
 河竹新七
 が明治に
 「極付幡随長兵衛」の序幕で
 「金平浄瑠璃」を
 劇中劇の形で復活させ
 今日に伝わっている
 by ウィキペディアWikipedia

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 アザミ(薊)・・・仇実・・・痣実・・・字見・・・悝巳?
 悝=忄+里
   カイ・リ
   たわむれる
   李悝=戦国時代
      魏の
      文侯(前4世紀初め)に仕えた
     「李克」ともいう(別人説?)
 ↓↑    ↓↑
      農業生産向上のため
      地力を尽くす政策を説き
      穀物価格を統制し
      飢饉に備えるために
      常平倉の先駆のような制度を考案
 ↓↑    ↓↑
      ・・・常平倉=穀物の価格の変動を防ぐために
             穀類を貯蔵した官営の倉
             日本
             奈良時代の759年(天平宝字3)
            「藤原仲麻呂
             の建議により設置
             藤原仲麻呂=仲丸
             淳仁朝以降
             改姓・改名
            「藤原恵美押勝
            (ふじわらえみ の おしかつ)」
             大納言
             紫微中台の令(長官)
             中衛大将
             太保(右大臣)
             左大臣藤原武智麻呂の次男
 ↓↑    ↓↑
             叔母 光明皇后安宿媛
             従妹 阿倍内親王孝謙称徳天皇
 ↓↑           ↓↑
             妻が数人と多いが、それらの中に
             妻  陽候(陽故)女王・・・陽侯?
                     隋王朝 煬帝の末裔?
 ↓↑           ↓↑  ↓↑        ↓↑
                陽侯 麻呂(やこ の まろ)
                姓 史
                大隅国
                陽侯氏(陽侯史→陽 侯忌寸)
                隋の煬帝の子孫
                達率
                楊候・楊胡・陽候・陽胡とも記録
                阿子王の末裔の渡来系氏族
                文武天皇四年(700年)
                僧
               「通徳」が還俗し
               「陽侯史」の姓
               「久爾曾」の名を与えられ
               「勤広肆」に叙せられた
                序列「24位/諸臣48階・深緑」
 ↓↑           ↓↑  ↓↑
                大隅国守在任
                養老四年(720年)
                反乱の隼人に殺害された
 ↓↑           ↓↑
             陽候(陽故)女王
             ?~天平宝字八年(764年)
                新田部親王の王女
             八男 藤原 辛加知(?~764)
                  (しかち・からかち?)
            「陽侯女王
            (やこじょおう・やこのおおきみ)」
             天平十一年(739年)正月二十日
             従四位下
             天平宝字五年(761年)十月十一日以降
             臣籍降下(氷上真人姓)し
             氷上 陽侯(ひがみ の やこ)と称した
             氷上 真人(ひがみ の まひと)
             天武天皇の孫
             新田部親王の娘
             塩焼王の姉
             藤原仲麻呂の妻室
             官位 従三位命婦
 ↓↑    ↓↑

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      諸国の法を整理して《法経》6編を編纂
      秦の商鞅(しようおう)から
      漢の蕭何(しようか)へと継承された
      中国法典の原点・・・
     「《漢書》芸文志」に
     「李悝の書として《李子》32巻」が見えるが
      現存しない佚書(逸書)・・・
 ↓↑
 蒡=艹+旁
   艹+亠+丷+冖+方
   艹+亠+丷+冖+亠+勹
   艹+亠+丷+冖+丶+万
 ↓↑
 爾雅・釈草
 「蒡・隱荵なり」
 「隠荵」
 註に
 「蘇に似て毛有り」
  ・・・蘇我蝦夷(毛人)・入鹿(海豚)・馬子
       ・・・盲人=塙 保己一
 ↓↑
 武内宿禰蘇我石川宿禰蘇我満智
 ─
 蘇我韓子─高麗─稲目─馬子──善徳
           堅塩媛 蝦夷─入鹿
ー↓↑ーーー
 蘇定方(592年~667年)
 唐の軍人
 名 烈
 字 定方
 本貫 冀州武邑県
 蘇邕の子
 隋末に蘇邕は郷里の数千人を率いて叛乱の討伐にあたった
 ↓↑
 蘇邕死去後
 父の部衆を引き継ぎ
 劇県の叛乱軍の
 張金称・楊公卿らを撃破
 後
 竇建徳の麾下
 部将の
 高雅賢の養子となる
 高雅賢
 と
 劉黒闥が死ぬと
 定方は帰郷
 唐の貞観初年
 匡道府折衝
 李靖の下で二百騎を率いて
 突厥を攻撃する先鋒
 突厥
 頡利可汗は逃亡し
 李靖が到着すると
 残兵の突厥一党は降伏
 凱旋後
 定方は左武候中郎将
 永徽年間
 左衛勲一府中郎将
 「程名振」
 とともに高句麗を攻撃し
 右屯衛将軍に任ぜられ
 臨清県公に封ぜられた
 ↓↑
 656年
 程知節に従って
 前軍総管となり
 「阿史那賀魯」を攻撃
 鷹娑川に到着
 「阿史那賀魯」が2万騎を率いて対陣
 定方は総管の
 「蘇海政」
 とともに連戦したが決着ができず
 突厥の別部の
 「鼠尼施」らが2万騎を率いて敵方に来援
 定方は騎兵の精鋭500を率いて
 山嶺を越えて
 敵陣に討ち入り
 1500人あまりを殺害し
 多くの武具や牛馬を鹵獲
 唐の軍中で
 副大総管の
 「王文度」
 が味方の疲労と士気の低下を見て
 深入りを諫め
 定方は追撃を主張
 「程知節」
 が
 怛篤城にいたり
 胡人を降伏させると
 「王文度」は
 「降胡」を殺して財貨を奪うことを主張
 定方はこれに反対
 王文度は聞き入れず
 財貨を分配
 高宗がこれを知り
 「程知節」らが帰還した後
 「王文度を」庶民に落とした
 ↓↑
 657年
 定方は
 伊麗道行軍大総管に抜擢
 再び
 「阿史那賀魯」を攻撃
 「任雅相」
 と回紇の
 「婆閏」が副大総管をつとめ
 定方は
 アルタイ山の北に出て
 処木昆部を撃破
 俟斤の
 「嬾独禄」を降した
 定方は
 麾下の1000騎と
 回紇の1万人を率いて
 「曳咥河」に進軍
 「阿史那賀魯」は大軍を率い
 定方の兵が少ないのをみて
 左右両翼を伸ばして包囲
 定方は歩兵に高所に拠らせ
 自らは精鋭の騎兵を率いて北原に陣し会戦
 「阿史那賀魯」の軍は
 崩れて潰走にうつり
 唐軍が追撃
 翌日、定方が兵を進軍させると
 五弩失畢が部族こぞって唐に降伏
 「阿史那賀魯」
 「処木昆の屈律啜」の数百騎は西方に逃走
 大雪にあって、軍吏に進軍の中止を求められたが
 定方は強引に兵を雙河まで進め
 「阿史那弥射」
 「阿史那歩真」
 の軍と合流し
 「阿史那賀魯」の陣に迫った
 「阿史那賀魯」は
 「石国」に逃れたが
 「阿史那弥射」の子の
 「阿史那元爽」が
 「蕭嗣業」と合流し
 「阿史那賀魯」を捕縛
 定方は
 左驍衛大将軍に任ぜられ
 邢国公に封ぜられた
 子の
 「蘇慶節」も
 「武邑県公」に封ぜられた
 ↓↑
 659年
 「思結闕俟斤都曼」が諸部を扇動し
 疏勒・朱倶波・渇槃陀
 の三カ国が唐に叛き
 定方は
 安撫大使となって討伐
 兵を率いて
 「葉葉水」にいたり
 「都曼」が
 馬頭川を守ると
 定方は歩兵の精鋭1万と騎兵3000を選抜し
 昼夜分かたず三百里を駆け抜け
 「都曼」の陣の前に現れ
 「都曼」は戦うこともなく城に逃げ込んだ
 唐軍がこれを攻めたてると
 「都曼」は自らを縛って降伏
 定方が捕虜を
 乾陽殿に献上し
 邢州鉅鹿の三百戸の食邑を加えられ
 左武衛大将軍に転じた
 ↓↑
 660年
 熊津道大総管
 百済征討にあたった
 城山から海をわたって
 熊津口に上陸
 沿岸の百済軍を撃破し
 真都城に進軍し勝利
 百済
 「義慈」
 太子の
 「隆」は北方に逃走
 定方が
 泗沘城を包囲すると
 義慈の子の
 「泰」が王を称した
 「泰」は抗戦を続けようとしたが
 「義慈」は開門して降伏することを決意
 百済の将軍
 「禰植」
 「義慈」
 は唐軍に降り
 「泰」
 も捕らえられ
 百済
 義慈
 隆
 泰
 らは
 東都洛陽に送られた
 ↓↑
 定方は
 三カ国を滅ぼし
 それらの王を捕らえ
 賞与の珍宝は数えきれず
 子の
 「蘇慶節」は
 尚輦奉御の位を加えられた
 定方は
 遼東道行軍大総管となり
 平壌道行軍大総管に転じた
 高句麗の軍を
 「浿江」で破り
 馬邑山の敵営を落とし
 平壌を包囲
 大雪に遭って、包囲を解いて帰還
 涼州安集大使に任ぜられ
 吐蕃
 吐谷渾
 とも戦った
 667年
 76歳で死去
 高宗は
 左驍衛大将軍・幽州都督の位を追贈
 諡 荘
ー↓↑ーーーー
 広韻
 「牛蒡=菜なり」
 集韻
 隱荵の本字「蒡=艹+旁」
 牛蒡の本字「𦾭=艹+片+旁」
 異体字「𦾭・𦱘=艹+亠+勹+方
         艹+亠+勹+丶+万」
 ↓↑
 謗=言+旁
   言+亠+丷+冖+方
   ホウ・ボウ
   そしり
   そしる
   責める・悪口をいう
   そしり
 ↓↑
 キク科アザミ属 (Cirsium)
 それに類する植物の総称
 アザミ(薊)の根=山牛蒡(やまごぼう)の漬け物される
 縄文時代の遺跡から
 炭化していない栽培種のゴボウの種子が出土
 ↓↑
 ゴボウ(牛蒡・牛旁・悪実・Burdock)
 キク科ゴボウ属の多年草.
 ↓↑
 牛蒡積み=石垣・城壁の石積み
 奥行きのある直方体に近い石を
 短辺面が外側になるように積んでいく工法
 石の積み方が「ゴボウの束」を積み重ねたよう
 大洲城若松城
 彦根城松江城
 ↓↑
 薬草
 発汗利尿作用のある根は
 牛旁根(ごぼうこん・Burdock Root)
 浮腫、咽頭痛、解毒に用いる種子は
 牛旁子(ごぼうし)
 日本では
 乳腺炎
 種をそのまま食べるか
 煎じる使用法も有効
 ゴボウは解熱に強い薬草
 風邪や咳に効果
 ↓↑
 「牛蒡」の語源
 牛の尾に似ている
 「蒡」という草より大きかった
 食用とするのは日本だけ
 ↓↑
 牛蒡=中国では草木の大きなものを
   「牛」という字を当て字にした・・・
   「蒡」という草に似て
   「蒡」より大きな植物だった
    牛=大の比喩
    キク科の越年草「牛蒡(ごぼう)」
   「牛の尾」に似ているから「牛蒡」
    種子は漢方で浮腫の治療薬や解熱薬
    ごぼう=Burdock(イガ=棘のついた雑草)
 ↓↑
 新潟県
 直江津町(上越市
 東京俘虜収容所
 第4分所の所長
 らが
 終戦
 収容されていた
 オーストラリア人捕虜達から
 「木の根を食べさせられた」
 と告発を受け
 所長を除く8名が
 横浜裁判で絞首刑
 (直江津捕虜収容所事件)
 長野県
 下伊那郡
 天龍村
 東京俘虜収容所第12分所(満島捕虜収容所)
 勤務の警備員1名が無期懲役の判決
 裁判で
 ゴボウを食べさせたことが
 虐待として扱われた
 「相馬暁」は1996年の著書
 「アメリカ人捕虜に
  ゴボウを食べさせたために
  昭和21年
  横浜戦犯裁判で
  捕虜収容所の関係者が
  二人が死刑
  三人が終身刑
  二人が十後年以上の有期刑の
  判決を受けた」
 著述
 「村山有」
 が捕虜にゴボウを差し入れたことを理由に
 戦犯容疑者として
 GHQに逮捕された
 極東国際軍事裁判時の弁護団
 「清瀬一郎」は
 「ある捕虜収容所」のケースとして
 「牛蒡を
  オックス・テイル(牛の尾)
  豆腐を
  ロツン・ビーンズ(腐った豆)
  と誤訳したため
  捕虜から不満が出た」
 ・・・
 「ワタシはカイになりたい」・・・
ーーーーー
 ・・・???・・・
モウクンの目次は「干支歴」関連と「ウタ」のみが覗けます
http://meisiki.bake-neko.net/